| 大学3年次編入試験 | ||
| 武蔵野音楽大学の3年次編入試験の試験科目は 主科(フルート)、副科(ピアノ)、外国語のほかに、 和声、新曲視唱、音楽史、面接があった。 私の場合、 フルートやピアノは短大の普段のレッスンの中でみていただけるので 問題なかったが、 和声は短大の授業だけでは間に合わないため、学外で先生についた。 和声の先生は新曲視唱と試験科目にはないが聴音もみてくださった。 あとになって同じ編入試験で合格した同級生に話しを聞いたところ、 私と同じで和声は学校の授業だけでは不十分なので、 課外レッスンを受けるパターンだったようだ。 さてさて本線に戻って、 一番問題の和声にメドがついた私は、 他の科目はどうしようかと考えていると、 私が受験しようとしている学校は 全科目がある程度の点数を取らなければれならないらしいと 和声の先生に言われた。 つまりどの科目もおろそかにできないのだ。 さあこれは大変。まずは外国語。 試験では英語、イタリア語、ドイツ語の中から 1つ選択して受験することが出来る。 普通の人はここで中学から学習している英語を すんなりと疑問を持たずに選択するのだが、 私は6年間学校で学習してきた英語はいまいち好きになれなかったことから 短大ではドイツ語を専攻してた。 編入試験の過去問題を見ると英語のレベルに比べて ドイツ語は関係代名詞までやればなんとか解けそうな気がしたので、 ドイツ語で受験をすることを決めた。 受験生90人近くのうち5分の4は英語、 10分の1ずつがイタリア語とドイツ語で受験したような記憶がある。 これも後日談だが、 英語で受験した同級生からは「すごいね!」と言われたが、 イタリア語とドイツ語で受験した人は、 英語の難しさにみんな気付いていたらしい。 つぎは音楽史。 武蔵野音大の編入試験の音楽史は 過去の出題問題を数年分手に入れるとその傾向がわかるからとある先生の勧めで、 3年分の過去問題をコピーさせてもらうために大学へ行った。 (私立の音大の1年次入学試験の場合は過去問題集が各大学から発売されているが、 3年次編入試験の場合問題集はない。) 最後に面接試験対策。 受験申し込みには、氏名、住所はもちろん記載するが、 なぜか座右の書と最近読んだ本の題名を書く欄があり、 どうやらこの欄は面接試験の質問内容に反映されるようだ。 いろいろ考えたが、受験生が読書を楽しむ精神的な余裕などあるはずもなく、 無難な線でだいぶ前に読んだ夏目漱石の『こころ』と記入した。 万全な対策をし、あとは試験を受けるだけだったのだが、 何事も準備の遅い私は、 受験1ヶ月前ごろから和声が間に合わなさそうのが自分でもわかりはじめていた。 毎回の消化不良の積み重ねが1ヵ月後の試験までに明らかに終わらない。 それなのに親からは今年受からなかったら、音楽の世界から足を洗えと。 背水の陣とはこういうことを言うのか。 このころストレスで舌の裏には水泡が絶え間なく出てきていた。 夜寝てしまうと勉強が間に合わないので、 昼夜問わず眠くなったら1時間半寝てから勉強するようにしていたが、 気付くと勉強していたはずなのに寝ていることが多く、 市販の眠気覚ましのドリンク剤も何本か試してみたが、 どんなに金額が高いものも効かずに立っていても眠れるほどだった。 それなのに編入試験前の最後の和声のレッスンの時に先生は無情にも、はっきりと私に 「今年は絶対受からないから、来年の本番のために 予行練習受験のつもりで受験してきなさい」 よっぽど宿題の出来が悪かったのだろう、そうきっぱりとおっしゃった。 ところがその先生のその言葉は いままで私にとりついていた物をふっと取り、 「今年ダメだったら親に迷惑かけずに1年間働いて来年どうにかしよう」 と急に楽天的になり数日後の試験は楽しみつつ、 しかしあまり目立たないように、尚且つ人間観察をしながら受けることができた。 そしてさらに数日後の合格発表。 今回は受かるはずはないと確信していたので 発表の時間より、1時間ほど遅く見に行った。 合格発表は大学の普通の通路に普通の可動式の掲示板が2つ置いてあり、 そこに合格者名簿が貼り出されるという ひっそりとしたものだった。 そこへ私は高見の見物のように誰が受かったのだろうという気持ちで 掲示板を見に行った。 一緒に受験をした管楽器の人の名前までは覚えていないが、 受験番号と顔は一致していた。 フルートは8人受験し、4人が受かったようだ。 1人1人見ていくと。 ? そこには私の名前がある。 あれ? いや嘘だろう。 今年は受かるはずがないのだから。 学校の中を1周してみると違う現実があるかもしれないと思い、1周。 反対周りもしておこうともう1周。 合計2周はした。でも私の名前は消えてはいなかった。 腹を決めていた私は正直「受かっちゃった、どうしよう」と思った。 一応持っていた受験票を事務室に提出し、 混乱しながら入学案内の封筒をもらった。 気持ちの整理がつかないまま私は足早に校舎から立ち去り、 駅へ向う途中親や先生方に連絡しなければならないことに気付き、 歩きながら携帯電話で事務連絡のような電話を方々にかけた。 和声の先生が受からないと断言したのは結果的には吉となったが、 何日たってもあまり実感がなく 短大に普通に授業を受けに行っても、 ひっそりと目立たないように過ごしていた覚えがある。 |
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